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2020-06

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おたまじゃくし

2020-06-29 (Mon) 22:11[ 編集 ]
ひまわり子どもの家より

もうそろそろ田んぼにはカエルが出てくる頃ですね。
昔は市川にもあちらこちらに田んぼがありカエルの声をよく聞くことが出来ました。

かえるの子どもはオタマジャクシですね。
カエルのお母さんがオタマジャクシに『もう水からでて土においで、大丈夫お母さんがいるから』と手も足も生えていないオタマジャクシに言ったとします。
オタマジャクシはお母さんの言う通りに土に上がったらどうなるでしょうか?
ご想像の通りでしょう。

これはあるモンテッソーリの本に書いて有った文の引用です。

つまり、子どもの成長がまだそこまで言っていない時期にその子どもの成長を理解せずに現状以上の事を望むと言う事は子どもの成長を止めるもしくは、心を殺すのと同じと言う事です。

手が出る、足が出るというのはそのカエルの発達に対しての地図のようなものが体にあると言う事ですね。

人間の子供にもあります。
その子によって早い遅いという事は大した問題ではなく、その子のペースを尊重し、手助けすることに趣きをおくことが大切だと思います。

適切な環境に身をおけば、必ず手も足も生えてきます。

子どもは待てます。



感覚を鋭敏にする

2020-06-27 (Sat) 12:44[ 編集 ]
ひまわり子どもの家より

あるモンテッソーリ協会の理事の方がベトナムの奥地にモンテッソーリを教えにいったときのお話を聞きました。

その方が言うにはその地域では感覚教具がいらないそうです。
正確に言うと必要ないという事でした。

つまり、この地方の人間は日常的に感覚をよく使う生活をしているため、あえて感覚教具を使わなくてももう十分感覚が鋭敏なのだそうです。

モンテッソーリは約120年前のイタリアですでに感覚教具を使う重要性を説いていたにもかかわらず、
現代のある地域ではいまだに必要ないほど感覚機能が優れた人達が存在することに驚いたそうです。

電気もない、自給自足の物々交換の世界ですから、ありえなくはないのでしょうが。
現代では特殊な生活をしているとは思いますが、ある意味うらやましくも感じます。
多分この地域だけではなく私が知らないだけで世界にはこういう所がまだまだあるのではないでしょうか。

反対に現代の生活がいかに感覚を鈍らせているかも考えてしまいます。

利便性の追求の結果による因果応報なのでしょうか。

生活形式がよくなることに異を唱えているのではありません。大きなものを手に入れることによって、喪失するものの大きさにも目を向け事は必要だはないのかという意味です。

パソコン・スマフォの普及により、世界が身近になり、四角い画面の中で体験できることも多くなりましたが、逆にそこに行って肌で感じる体験や感動なども減っているかもしれませんね。

特にこのご時世ですので不安もあります。
子どもたちにはより実感できる体験が必要なのではないでしょうか。


過程を楽しむ3

2020-06-25 (Thu) 19:44[ 編集 ]
ひまわり子どもの家より

昨日の続きです。

2つの畑があります。その畑は肥えとても良い土の畑です。その二つは場所は近いけれど土の質が異なるため、ある花は良く育ちますが、もう一方はそんなに育たないとします。
よく育つ畑の持ち主は水をやるだけの世話で済みますね。
ではあまり育たない畑の持ち主はどうでしょう?
彼は肥料を与え、いろいろ試行錯誤しながらその花が育てなければなりません。つまり手間がかかるという事ですね。
この彼がこの花が好きでたまらなかったら、苦ではないでしょう。
反対に良く育つ畑の持ち主がその花が嫌いだったら、水を上げるのでさえ苦痛でしょう。

あまり育たない畑の持ち主の花は、『なぜ育たないのかな?』『こっちの肥料にしようか? まだ駄目だ。こっちにしよう』と色々試し、育てた花と、苦痛を伴いながら育てた花では、他人は同じ花に見えたとしても個々の花への思いと達成感の違いは明らかですね。

この畑と畑の持ち主は子どもです。

初めはうまくできなくても、そのお仕事が好きで、自分で工夫していくことで必ず上手になる。

この経験を通して自分の育て方を知ったと思います。

子どもはみんないい畑を持っています。
この肥えたいい畑にはきれいな花も咲きますが、外から飛んできた種で雑草も生えます。
この雑草を抜くのも子どもです。
でも綺麗な雑草もありますね。
これは雑草なのか、きれいな花なのか選ぶのも子どもです。

良い経験が子どもの選ぶ目を作っていきます。


ちなみに教師は・・・・

種をまくひと。
肥料の相談にのります。

『この雑草は畑を壊す!』時だけお手伝いします。



過程を楽しむ2

2020-06-24 (Wed) 19:19[ 編集 ]
ひまわり子どもの家より


過程を楽しむことは生きるという事と言うお話をしました。

大きくなるにつれ、楽しいだけでは済まない事、やらなければいけない事も出てきますね。
大人になればなおさらです。

そういう時に自分が楽しめることが何かあるととても良いですね。
『嫌だ嫌だ』だけでなく、発想の転換をし現状を変えていく事が出来る力を持っている事が自分を助けるのではと思います。

どんな時も強い心を持って対峙できると言う事は、その人自身の自己評価が高くないと出来ません。

ただ自己評価が高いだけではなく、そこに根拠となるものが存在していることが必要ですね。

日々の生活の中で培う自信はやはり自分自身でしか創造することは出来ません。

何を楽しみ、何を行い、どう過ごしたかによって、その人の人格形成の基礎となります。

価値感や想像力、創造力等、人間の持つ後天的な思想は
幼児期の過ごし方との関わりが大きいと思います。




過程を楽しむ

2020-06-23 (Tue) 21:14[ 編集 ]
ひまわり子どもの家より

子どもと一緒にお仕事をしていると、本当にそれぞれ捉え方が違っていて感心します。

AからBに行けばいいお仕事でも、
曲がって曲がって一周してから目的地に着く、ようなお仕事の進め方をする子や、壁に当たりながら進む子、まっすぐ行って通り過ぎて、違うところに着く子など様々です。
大人からすると『まっすぐ行けば近いのに』というようなお仕事でも、その道の通り方はまるで探検しているようですね。

子どもにとってお仕事だけではなく、生活すべての事を自分のものにしていく過程は宝探しのようなものかもしれません。

出来上がったお仕事を大事に持って帰りますし、お母さんにほめてもらってうれしいと思いますが、
子どもの本質は、結果ではなく過程を楽しんでいるのだと思います。

そしてこの楽しむ過程がその子の個性につながると思います。
ですので、何かにとりかかり始めたら、子どものそばから離れて様子を窺うようにしています。
そのほうがより集中するからです。

そして、あの子がこうやっているという事に盲目的に従うのではなく、『こうしたらどうかな?』『こうできないかな?』と考えていく時間をとることも大事ですね。

自分で考え経験して体得した事は誰にも奪えません。

技術的な事だけでなく、その過程で培った心の強さは自分以外誰にも創る事はできません。

強制的に何かを行わせていく事は心のひずみを生みます。やらされた感じではなく、自分からやりたいと思えることが大切です。

今、結果だと思っている事も人生の中では過程ですね。

過程を楽しむことは生きるという事だと思います。




センスオブワンダー

2020-06-22 (Mon) 17:30[ 編集 ]
ひまわり子どもの家より

『センス オブ ワンダー』不思議な気持ち、感覚
という意味でしょうか。

この言葉はモンテッソーリのある意味肝だと思います。
私が0-3歳のディプロマを大阪で受けている時に先生に言われました。『子どもは常にセンスオブワンダーを持っている』『あなた達子どもに仕える者は常にこれを持っていなければいけません』と言われました。

人の気持ち、状況を理解しそれによりそえる事は人間だから出来る事です。

それをしてもらった人は心から感謝するでしょう。

自分の損得のみに執着せず、その先に起こる事を想像しなければいけませんね。

サル化する人間社会という本があります。
今の日本又は世界の思考の危機を訴えています。

その中でいわれているのが現代人の創造力の欠如です。
もう読まれた方もいらっしゃると思います。
こっちのほうか得、あっちのほうが得と今風が吹いているほうばかり行く事、その先についての創造ができていない危うさ等、
一読の価値はあります。
内田樹氏ですので興味がある方はお読みください。

効率を重視することで消えていくものがあります。

子どもは効率を重視しません。
子どもが効率を重視するのはもう大人の入り口に立った時です。
その前にすべきことがありますね。
心を正しく持てる子どもになってもらいたい。
育てる側の心、教師の心がそこに向いていなければそこに導くことはできません。
育てる側とはモンテッソーリではこどもに関わる全ての人のことを指します。

子どもの逸脱の原因は意外なくらい近い存在からの影響が大きいといいます。
逸脱の症状については今度詳しく書きますが、大食い、過度の怖がり、攻撃的、暴言、自分を弱く見せて親の加護求める。などがあります。
子どもがこのような行為をした時には早めの対処が必要です。
子どもは早いうちなら正常化は可能です。
しっかりと向き合うということですね。

本題に戻ります。
今の現状のみに焦点をあてるのではなく、その先にある本当の心の自由をつかむ事のほうが、今は苦しくてもなされるべきと思います。

良い選択を出来る人に育てたいと思いませんか?

センス オブ ワンダーとは子どもと未来を繋げるキーワードです。

センス オブ ワンダー してますか?

百人一首2

2020-06-21 (Sun) 13:16[ 編集 ]
ひまわり子どもの家より


昨日の続きです。

バスの中の百人一首はみんながやらなくてはいけないものではありません。
やりたくない子は無理にさせません。
ただ、そのバスの中にいるだけで覚えてしまうことはあります。(門前の小僧習わぬ経を読む)

百人一首はとても素晴らしい歌で、日本人の心がうかがえます。
小さい時はこの歌の意味が解らなくても、五七五七七という言葉の流れ方や、美しい日本語に親しむだけでも十分です。
大きくなって意味を知りたければ自分で探していくでしょう。

先のお子さんのように興味を持てば自分から進んで覚えたいと思えるのがとても良いと思います。

『何番は何?』とこちらが聞くと正確にその歌と作者を言えるお子さんもいますね。

ただ単に覚えることが目的ではなく、自分なりの覚え方を知ると言う事がこの百人一首の目的でもあります。

百人一首はしばらくやらないと忘れていきます。
でも心の中に、『おぼえた』『たのしかった』と良い印象が残っていれば、正解と言えるのではないでしょうか。

お子さんによって価値観はまちまちです。
百人一首に限らず、何かを楽しんでやれると言う事は素晴らしいですね。

何か一つでも『やり切った!』と実感できた子どもは必ず後に続きます。



百人一首

2020-06-20 (Sat) 16:43[ 編集 ]
ひまわり子どもの家より

教材を整理していると百人一首が出てきまして、ふと昔のお子さんの事を思い出しました。

そのお子さんは年中の途中からお父様の転勤でこちらにいらして、卒園までいらっしゃり小学校クラスにも来ていらっしゃいました。

神戸のモンテッソーリの幼稚園からの転園でしたので、クラスに馴染むのも早かったと記憶しています。

初めての登園の日、バスをご希望でお迎えに上がって乗車中、百人一首が始まるとびっくりしたように周りをきょろきょろしだし、驚いた様子でした。
その後毎日、バスの中では百人一首を行っていましたが、ある日から急にその子が百人一首をみんなと同じようにしゃべりだし、ついにその中の誰よりもしっかりと覚えてしましました。

お母さまに『百人一首覚えましたね』と言うと、初日の登園から帰ってきてすぐに『百人一首を買ってくれ』とせがまれその日のうちに買いに行ったそうです。
家では毎日百人一首のカードを見てはぶつぶつ言っていたそうです。
約1か月半で100首全て作者まで覚えてしまいました。

その子どもと百人一首を知った時期があっていたのだと思います。又周りの子ども達も楽しくやっていたことでその子の敏感期が出ることを助けたとも言えますね。


嘘2

2020-06-19 (Fri) 19:28[ 編集 ]
ひまわり子どもの家より

子どもはまだ完全ではないので、間違いや、失敗は数多くします。
お友達を叩いた、押した、蹴った等いけない事をしたときに『またやったね!』と怒ることで、子どもはいけない事より、怒られた事のみに焦点が合ってしまいます。
何故かお話を聞いてあげなければいけませんし、静かにそのいけない事のみに焦点が当たるように話をしないといけませんね。

悪いことだと本人が認識すればやめると思います。
そしてまた同じような場面になった時に自分で止めることができるようになることが大切です。

こうしたらこうなるという経験をする事は良いですね。
そう考えると嘘をつくことで学ぶこともありますね。

子どもの嘘は大体早い段階でばれますし、ほとんど他愛ないものです。

わが子が嘘をつくなんて!と思いすぎないようにしてくださいね。

子どもを追い込み過ぎない事が大切ですね。

『嘘=怒られる』と言う図式になってしまうと、子どもが大きくなるにつれ、知恵もついていく事でどんどん巧妙になり、嘘に嘘を重ねるという悪循環になります。

人の心を助けるためにつく嘘等はありますし、これで救われるとしたら良い嘘ですし、嘘は全て悪いとも言えませんね。

他人の心に寄り添う事が出来る嘘をつける人であれば素晴らしいですし、いけないことをしたら『ごめんなさい』と素直に言える子どもに育ってほしいですね。





2020-06-18 (Thu) 15:54[ 編集 ]
ひまわり子どもの家より

皆さん、今まで生きてきて嘘をついたことがないと言う方いらっしゃいますか?
私は清廉潔白で嘘なんかつきません。と言う方のほうが珍しいですよね。

小さい嘘、たわいもない嘘、人をだます為、人を助ける為、冗談でつく嘘、人を楽しませる為の嘘等、
様々な嘘がありますね。

一般的に『嘘=悪い』と言うイメージはありますね。
でも果たしてそれは正しいのでしょうか?

子どもを見てみましょう。
『うちの子は嘘はつきません!』と言われる方はこれから先は読みたくないと思われるかもしれませんが
ちょっとだけお付き合いくださいね。

子どもはある状態に置かれると嘘をついたりします。
ある状態とはそこから逃げ出したい場合です。
例えば『誰かに怒られる』と言う事を知っている場合ですね。
これがお友達や母親の場合はそうです。
自分を悪く思われたくない時や、明らかに自分のしたことで怒られることが嫌で逃げたいだけです。
大人でもありますね。

子どもの場合これが『違う』『私じゃない』と言う事でその場から早く立ち去りたいだけです。
その空気が嫌なのです。

子どもは人をだます為にとか、陥れる為と言うような悪意は全くありません。

皆さんも子どもの頃、ついついた嘘でひどく攻められたりしたことがありませんか?
それによってひどく心が傷ついたり、または傷つけられたりした経験がある方はわかると思いますが、
このようなことはなかなか心から消えませんね。
出来れば自分の子供にこんな経験してほしくないし、人にもやってほしくないですね。

でも、その嘘を何でついたのか覚えていますか?

怒られた、傷つけられたことは覚えていても、どうして嘘をついたか覚えていますか?

主体的に動く

2020-06-17 (Wed) 16:12[ 編集 ]
ひまわり子どもの家より

フィルターは子どもによって様々であるとお話ししました。
ではモンテッソーリ教育では何故しっかりと話が聞け、理解し、行動するのが望ましいと考えるのでしょうか。

子どもが指示された行動を行うことで、正しいやり方を理解し、自分と言うフィルターを通して、新しい考えを作るヒントとなっていくと言う事が言えます。

子どもは小さいが故、経験も少ないですので、自分が経験した事が良いことも悪いことも全てが自分の糧となっていきます。
この糧を基準に更に自分にとってやりやすいやり方、良いやり方を探していく事が出来ると言う事です。
悪いことであればそれを理解することができれば、フィルターから捨てていけます。

個々のフィルターは様々であって良いと思います。
100%聞いて欲しいと言う事と矛盾するかもしれませんが、これはある意味個性と言えます。

個を重視する教育でありますので、様々な個性があってよいと思います。

ただそれにはルールがあります。(他人には迷惑をかけない)

又、子どもは理解したことをそのまま小さい子に実行し教えていきます。教えられた子どもはまた下の子どもに教えていくという循環が出来ると言う事もモンテッソーリらしいと思いませんか?

ただ話を聞き、盲目的に行動するのではなく、主体的に動け、考えられると言う事が大切です。





声3

2020-06-16 (Tue) 15:32[ 編集 ]
ひまわり子どもの家より

先日、静かにすることが目的ではなく、静かにすることで話を聞ける事が大切であるというお話をしました。

教師はお集りの時など全体に向かって話をしますが、中にはその時、『僕は?僕は?』『自分はどうするの?』
と聞いてくるお子さんがいます。
全体に向かって話をしているのは自分も含まれていると言う事がまだ解らないのですね。

1対1だと理解できるが、全体になると理解できないと言う事は小さいうちはあります。

これも習慣的なことが大きいので大体の場合は少しずつ理解してそのうち聞いてこなくなります。

上記の子のように聞いてくる場合は、こちらは理解しやすいのですが、聞いてこなく理解していない子もいますので、
その場合はこちらも何となく『そうかな?』と様子を見ていると解りますので後で呼んで話をします。

100%こちらの言う事を理解していなくても子どもは周りの様子を見て、そのように動くことができます。
これはその子の処世術ですのでこのように学んでいく子供もいます。

全体で動くことの多い幼稚園ですとこれでも良いと思いますが、モンテッソーリの場合は一人一人の子どもが
教師の全体に対して話した指示行動を理解できているか と言う事が大切になってきます。

自分で聞いたことを自分と言うフィルターを通し理解し実行出来ると言う事が望ましいと思います。

このフィルターの目はその子によって目が粗い子、とても目が細かい子と様々です。
つまりこちらからの指示に対してどれくらいフィルターに残っていくのかは子ども次第です。

勿論、教師は全員に100%残して欲しいと思っていますしその為の協力は惜しみません。





声2

2020-06-15 (Mon) 20:36[ 編集 ]
ひまわり子どもの家より


昨日の続きです。

静かにできない子は他のお友達に言われたりします。これで大体の場合は静かになります。
大人より子どもの言う事を聞く場合も多いですね。

又、ベルを鳴らすことで『今静かにする時間だ』と子どもは理解していますので、お集りの時はこれを使います。

あくまでも目的は静かにすることではありません。
静かにすることで話を聞くことができると言う事です。

お家の中で静かにして欲しい時に声を大きくしてしまったりすることがあるかもしれませんね。
自分たちの生活の中に子どもの声が響くのは嬉しくもあり、楽しくもありますが、限度があると思います。
周りの人(マンションであれば隣の住人)から文句を言われても嫌ですよね。

子どもの目を見て、静かな声でゆっくりと話しかけてあげてください。
『あなたに話している』
『あなたはわかってくれる』
『あなたを信じている』
と言うメッセージを伝えてください。
子どもが『お母さん僕を信じてる』と感じられれば聞いてくれると思います。

私が教室で声を大きくする時は『危険』な時です。

普段声を大きくしていない人の声が大きい時は子どもはすぐに感じ取ります。そして聞きます。

普段声の大きい人はさらに大きくしないと子どもは聞いてくれませんし、聞かないかもしれません。

悪循環ですね。

2020-06-14 (Sun) 16:07[ 編集 ]
ひまわり子どもの家より

今日は声についてお話します。

モンテッソーリ教育では、話し方や声の大きさについて慎重に行います。
本を読んであげる時の抑揚もそうですが、一番は注目をそこに集めるのが目的です。
だらだら話すのではなく、目的を端的に短く話すことで子どもに伝わりやすいと言う事が大事です。

教師の声が大きくなると自然と子どもの声も大きくなり、狭い教室でみんなの声が大きくなると騒音となってしまい、
こちらが伝えたいことが伝わらなかったり、子どもが注意散漫になってしまう場合があります。

大体の場合、1人の声が大きい場合に起こります。
声の大きさは自分でコントロールできるようにするのは
運動と同じです。

教師が声を小さくすることで子どもは『何か言っている?』『先生の言う事を聞こう』とします。
これによって『静かにすれば聞こえる』と子どもは理解します。
何回も行うことで自然と静かな環境にすることができます。
ですので『静かにして!』と声を荒げることはしません。弱効果です。

子どもが静かにすれば聞こえると理解できるようにする事と、静かにしたい、
静かにすると楽しいと思ってもらえることが大切です。



感覚教育5

2020-06-13 (Sat) 15:43[ 編集 ]
ひまわり子どもの家より

感覚教育5回目です。

感覚をたくさんやった子どもは数教育に対して抵抗なく
入っていける子どもが多いです。

色、寸法、順序等が感覚教育と数教育と共通になっているものがたくさんありますので、
子どもがその共通性がわかりやすいのが特徴です。

例えば
『ピンクタワー』
10個の立方体が漸次的に1cm刻みで大きくなっています。
1cm×1cm×1cm

10cm×10cm×10cm

DSCF6663_convert_20200613173042.jpg


『茶色の階段』
10個の直方体が漸次的に1cm刻みで大きくなっています。
1cm×1cm×20cm

10cm×10cm×20cm

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この2つの教具は独立しても使えますし、2つ組み合わせても使えます。
様々な組み合わせを子ども達は自由に積んだり、並べたりしながら自然に
『これとこれはこことここが同じ』等を理解していき、奇麗に並べられるようになっていきます。

形の持つ調和性を子ども自身が発見していけることは素晴らしいと思います。

他にも色ビーズ遊びに使われるビーズの色は数ごとに赤は1、緑2、桃3、黄4等と決まっていて、これは
へび遊び(計算)やピタゴラスのカード並べ(十項式)と同じです。

この色ビーズもピンクタワーや茶色の階段にも当てはめることができます。(これは小学校教材ですね)

まだまだ沢山あります。

モンテッソーリの感覚教具は順数教具とも言われています。

今後の予定

2020-06-12 (Fri) 19:19[ 編集 ]
臨時無料体験会

7月11日(土) 10時~12時 行徳校にて

8月29日(土) 10時~12時 行徳校にて

お問い合わせよりご予約いただけます。

*人数制限があるため、先着順にて締め切らせていただく場合があります。

見学会
行徳校 9:30~10:30
7月8日(水)、8月5日(水)、10月14日(水)

体験クラス

6月17日(水)より毎週水曜日  朝9時~10時

1回500円

入園説明会 
行徳校にて 14時~

7月22日(水)、9月16日(水)

親子スポーツ大会
南新浜小 体育館
9月26日(土)9:00~11:30(予定)
*乳児~小学生まで参加できる競技もあります。

作品展
11月14日(土)行徳校 9:00~11:30
2021年2月6日(土)本八幡校 9:30~11:00

クリスマス会
12月10日(木)行徳公民館3F レクリエーションホール(予定)10
*園児の出し物の他に、毎年プロミュージシャンの演奏があります。
*詳細は園までお問い合わせください。

感覚教育4

2020-06-12 (Fri) 18:27[ 編集 ]
ひまわり子どもの家より

感覚を鋭敏にすると子どもにどのような効果があるのでしょう?

視覚
小さな違いに気が付くようになる。
色の違い、折り紙もメーカーや品番によって同じ赤でも
黒っぽいものや薄いもの等、わずかな違いを見分けることができる。(色彩感覚)

触覚
すべすべ、ざらざらなどわかりやすい違いから、漸次性のあるもの、例えば5段階に分かれている触覚的差異を順番に並べられるようになる。
部質の違いが目を閉じて触って解るようになる。
(ガラス、鉄等の温度差)

味覚
食べられるもの、食べられないものの区別

聴覚
音の強弱、高低などの理解

嗅覚
匂いで危険な物、場所を区別できる。

かなり大まかではありますがこのようなことでしょうか。
まだまだあると思います。

感覚教育は生きるため、生活を助けるための教育です。
全て生活を行っていく為に必要な事柄です。

感覚を鋭敏にすると言う事は、自分自身を助けることにつながります。

第六感と言うものがあるとしたら、この五感を強化したこと、又それに伴う経験によって培われた環境の空気感の察知能力に近いものではないでしょうか?

感がいいと言われる人は大概この能力に長けている人ですね。理由はそれだけではないと思いますが、この要素は高いと感じられます。

何事も幼い時ほど素直に受け止められるものです。

この時期を逃したくはないですね。

感覚教育3

2020-06-11 (Thu) 18:41[ 編集 ]
ひまわり子どもの家より

昨日の続きです。

子どもが何かの情報を入れていく時に大事なのをその情報を言葉として入れていく事でしょう。
例えば リンゴ
手に取り 『重いね』(重量感)
     『皮がつるつるだね』(触感)
匂いを嗅いで 『いい匂い 』(嗅覚)
食べて   『甘いね』『酸っぱいね』(味覚)
等をお話することで、その情報を子どもは自分の中に入れていきます。

リンゴの持つそのものから感じられる印象も皆さんが小さい頃に同じように感じてきたことでしょう。

また或る時、違う種類のリンゴを使えば、
質感や匂い、味も違うことでリンゴによって違うことを知る機会になります。

大人が酸っぱいと言っても、子どもが『甘い』と言う時があります。
その子はその酸っぱさの中の甘みを感じているかもしれませんね。
子どもはとても敏感で大人よりも微妙に感じ取っている場合はとても多いです。

りんごを例にとりましたが、それだけではありませんよね?
環境にあるもの全て使えると思いますので、お子様の興味のあるものから行っていけばよいと思います。

今興味がなくても、のちに出てくることがありますので急がずにお子様のペースに合わせていけばよいと思います。

一つ一つです。

感覚教育2

2020-06-09 (Tue) 19:10[ 編集 ]
ひまわり子どもの家より

昨日の続きで感覚教育についてお話します。

モンテッソーリの感覚教育は五感を洗練させる為に行われると書きました。

小さいお子さんの場合、自分に必要な情報はまず初めに視覚によって取り込まれます。
どんなものを選ぶかは、お子さんによってまちまちですが、視覚が見たものを『これがほしい』と脳とが感じ、その指示によって子どもは動いていきます。

大体の場合は環境(家庭の中)にあるものに対して興味をもちそれを欲しくなります。
お茶碗であったり、お皿であったり、手でつかみ事が出来る物も多いと思います。勿論玩具があればそれにもいくでしょう。

つまり環境に常に有るものに興味を持ちそれを触りたくなっていくと言う事ですね。

年齢(発達段階)によって変わってきますが、小さければ小さいほど家庭の中にあるものを好みます。

自分で歩けるようになると世界が変わります。
外の物にも興味が出てくると思います。
散歩中に見つけ物、花、葉っぱ、虫、お店、車等、外にはたくさんお子様を刺激するものがあります。
その中でいくつか選んで子どもが聞いてくるときは本当に知りたい時ですので、語彙を与えるチャンスとなります。
手に取る、もしくは触る(触覚)ことができればなおさらその物に対しての理解が深まると思います。
匂いをかぐ(嗅覚)、食べる(味覚)こともできればより深くその物に対しての認識力を高めていけます。
音を出すもの(聴覚)であれば、それにも興味を持つでしょう。

つまり子どもは感覚を使って環境の物の情報を自分の中に取り入れようとしているのです。


感覚教育

2020-06-08 (Mon) 16:04[ 編集 ]
ひまわり子どもの家より

お仕事の続きを書きます。

感覚教育について

モンテッソーリ教育の感覚教育は視覚、味覚、嗅覚、聴覚、触覚を洗練させるのが目的です。
いわゆる五感と呼ばれるものですね。

視覚
 寸法(大きさ)
1 動作の統制及び立体の視覚的、触覚的認知力の発達
2 寸法の次元が異なるものの識別するための、視覚的、触覚的教育、鉛筆などを正しく持つための準備、手と腕の筋肉の協応

 色
1 色彩の認知力と調和に対する感受性の発達
2 色彩名と実際の色との結びつきを教える。

 形
1 異なった図形を区別することを教える。
2 子どもの手に書字学習に対する準備。

触覚
 触覚
1 触覚の錬磨
2 表面のキメに対する一種の感受性の発達
3 字を書くことをまなぶために必要な軽いタッチの発達

 温度感覚
1 触覚の発達
2 類似の温度と更に差異の大きい温度との識別、区別

 重量感覚
1 重量感の発達

 立体識別感覚
1 多種の物に対する親近感の発達
2 触覚の発達

味覚
 味覚の発達

嗅覚
 嗅覚の発達

聴覚
 雑音
1 聴覚的感性の発達
 楽音
1 同一性、漸次性探求
2 メロディー歌唱

大まかに書くと、このようなことが感覚教育の目的になります。
それぞれに教具があります。

又、名称を与えていく事も積極的に行っていきます。

お仕事

2020-06-07 (Sun) 19:25[ 編集 ]
ひまわり子どもの家より

今日はモンテッソーリ教育のお仕事についてお話します。

モンテッソーリ教育の分野は
日常生活の練習
感覚教育
言語教育
数教育
文化教育(現在は上記の各分野に組み込まれている)
があります。

何故、お勉強では無く、お仕事と言うのでしょう。

それは大人は生活のために仕事をしますが、子どもは自分を高める為に仕事をすると言う意味でお仕事と呼びます。

反対に言えば自分を高めない事はお仕事と呼びません。

*他人のお仕事を取ったり、殴る、蹴る、押す、良くない言動等、人の邪魔をすること全て
*物(教室にあるもの全て)を投げる、壊す等の行為
等、自己破壊しているすべての事項はお仕事と言いません。

あくまでも、自分を高めていく事をお仕事と呼びます。

お仕事をしている限り、止めませんし、当然注意もしません。(教具・教材を正しく使っている場合)

子どもは自由に教具、教材を使っていいのですがこれにもルールはあります。
*初めてやるお仕事は、必ず教師と1度行ってからやります。(やり方を知らないくては教具を使うことは出来ません。)
*自分が使ったものは元の通りにして、元の場所に戻す。(次のお友達が使えるようにする)

社会にルールがあるのと同じで、園の中にもルールは存在し、子ども達は園生活で自然にこのルールを学んでいきます。
これもお仕事です。

褒める2

2020-06-06 (Sat) 13:50[ 編集 ]
ひまわり子どもの家より

昨日の続きです。

褒めるなと言う事ではありません。
適切にその状況にあった褒め方をしてあげるのが良いと言う事です。

子どもは母親の喜んでいる顔を見るのはとてもうれしいことです。
ましては自分の行ったことがそれにつながっていると解ればなおさらです。

自分が実感したことが母親(父親)に共感してもらうことで、よりやる気が出るということです。

褒めるならこちらのほうが良いと思いませんか?

お子さんを観察してあげましょう。
今何が好きで、何に興味があり、どんなことをしたいのか?を把握してあげることで、適切な状態で褒めることが可能だと思います。

その子によって、褒め方を変えるというのが良い方法でしょう。
インファント、年少、年中、小学生でも全て違います。
その子の褒めてほしい褒め方、褒める時、褒める状況はどんどん変わっていきます。

勿論、怒ったりするよりは褒めるほうが、いいと思います。
褒められることで何かをするきっかけになるのであればそれも一つですね。
『お母さんに言われたからやる』
『先生に言われたからやる』
しかしあくまでも、誰かに言われたからやるではなく、自分がやりたいと思うことを自主的に行うのが大切です。

怒る、褒めるも 適切であることが良いですね。

適正に褒められることで自分は価値がある人間だと自覚していくと思います。

褒める

2020-06-05 (Fri) 23:25[ 編集 ]
ひまわり子どもの家より

今日は褒めると言う事についてお話します。

記憶のある限り、私の子どもの頃はあまり褒められるということはなく怒られてばかりでした。
昨今は日本も随分変わり、子どもを褒めることに抵抗がなくなってきたと思います。
とてもよいことだと思いますが、ちょっと注意が必要とも言えます。

生まれてから子どもの成長発達の過程で、寝返りした、お座りした、立った、歩いた等、
嬉しい光景を見るにつけすごいねと褒めるのはとてもよいことですし、心の底から湧き出てくる愛情と感動はとても抑えきれるものではありません。

子どもの行動一つ一つが親の喜びであり、成長を実感出来る時ですね。

優雅に流れる幸運の時間となっていたと思います。

やがて幼稚園で制作物を持って帰り、こんなことができるようになったんだと嬉しくなり、すごいねと褒めるのは良いと思います。
しかし、
子どもが成長するにあたり褒められすぎると褒められるのが当たり前となってしまうと、褒められなければやらないと言う事が起こる場合があります。
物を与えられるのが当たり前となっているのと同じです。

何が言いたいかと言うと、ある程度成長した子どもは自分が頑張って出来たと言う実感があることについては共感を得ることは喜びになりますが、もうこれぐらいできて当たり前と思っていることについて褒められても嬉しいわけではなく、逆になんで褒めてるのとなってしまうからです。
せっかく褒めてるのにあんまり嬉しそうでない場合はこれにあたります。(恥ずかしくてあまり外に出さない子どももいます)

判断基準はその子にありますので、今までのその子の状態を把握していないといけませんね。


怒る3

2020-06-04 (Thu) 08:08[ 編集 ]
ひまわり子どもの家より

昨日の続きになります。

ではどのようにして子どもに理解してもらい、大人との生活に支障がないようにできるのでしょうか?

子ども自身がその環境(家庭や園)に適応する準備をしているという認識を持つという事が挙げられます。

また子供自身の自己評価が高くなることで、人の話を聞けるようになってきます。
自信があるお子さんという事ですね。

これは少しずつの積み重ねが大きいです。

すぐに何でもできるとは限りませんので、前にも書きましたが『待つ』という事が大事になってくると思います。
子どもを信じて待つという事です。
あなたのことを信じてるからね。というメッセージは
必ず子どもの心に届きます。

ただ待つのではなく、こちらからのアプローチは必要だと思います。
『これどうかな?』
『これどう思う?』
等お子様がわかりやすいように、掻い摘んで質問したり。
『私はこう思うんだけど、どう思う?』等等
あなたのことを尊重しているというメッセージを送ってみてはいかがでしょうか?
『僕に聞いてくれた』という思いがあることで、必ず心は届くと思います。
勿論聞く時の状況次第ではありますが答えてくれると思います。

少しずつこちらの生活に適応してもらえるように子供を支援することが大事ですね。

怒る2

2020-06-02 (Tue) 15:20[ 編集 ]
ひまわり子どもの家より

昨日の続きです。

子どもにとって怒る、注意する、たしなめる、等は全て怒ると同じです。勿論口調にもよりますが。

いう事を聞かない場合どうしても口調が強くなってしまいますよね。

怒られる=拒絶された

子どもは見捨てられた気持ちになってしまうのですね。

せっかくこの子のために怒っていても相手がまだそれを受け入れる準備が出来ていないとしたら・・・
怒られる恐怖のみ子どもに与えてしまっているとしたら、それはたぶん皆さんは望んでいないことですね。

素直に言うことを理解して、そうすればいいのかと子ども自身が気づくことができれば、それが一番良い形だと思います。
それのほうが自分にとって楽であるという認識が出来ればよいわけですね。

ここで注意してほしいのはあくまでも子どもが自主的にそう思うことが大事で、強制的、物で釣る、のではありません。

自分で考えて、言う意味です。

物で釣ったとしてもその時は聞いても長く続きませんし、また同じようなことが起こったら、また物で釣るしかなくなりますね。
子どもはこれが続くと物でしか動かなくなります。

怒る

2020-06-01 (Mon) 16:11[ 編集 ]
ひまわり子どもの家より

怒るという事についてお話します。

生活のいろいろな場面でお子様に対して怒ってしまうことがあると思います。
食事が遅い、片づけをしない、言う事を聞かない等、があった場合、もちろんはじめは言い聞かせたりすると思いますが、何回も同じことを言うのは嫌ですよね。
そしてついに怒ってしまったりすると思います。

ある日のあるお子さんとの会話
いつもと様子が違う子どもを呼んで
『どうしたの?具合が悪いの?』
『お母さんに怒られた』
『どうして怒られたの?』
『ご飯食べるのが遅かった』
『そう、じゃあ今度は早く食べられるといいね』
という話をしました。
年長、年中児のお子さんの場合です。
年少、や2歳児の場合は何での部分が出てきません。

言っていることが理解できても、まだそれを実行するのは難しいのが小さいお子さんです。

確認したい為にわざとする場合もあります。
『こうすればこういう風にお母さんなるな』
『やっぱりそうなった!』
という感じでしょうか。
この場合決して悪意はありません。
確認したいのです。

例えばご飯を食べるのが遅い場合は
1 30分早めに食べ始める。
2 ご飯の量を少なくする。
3 子どもと30分で食べきれなければお終いにすると約束する。

1は比較的やり易いと思います。
2は足りなければお替りで対応できますね。
3はいきなり実行すると子供は驚いてしまいます。まだ30分の感覚はない場合は難しいと思いますので、よく子供と話してから行うことをお勧めします。

いずれの場合もすぐにできなくても、しょうがないと思っていただいて少しでもそれに近づけるように工夫してみてください。
子どもにとって食べ物は特別なものなのであまりこだわりすぎないよう注意が必要です。

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